代表の独り言

【代表の独り言 5月号】(猫に音楽)

「猫に小判」という諺がある。辞書によれば「貴重なものを与えても何の反応もないことのたとえ」のようだ。それでは小判を音楽に置き換えて新しい諺ができるかどうか、現在壮大な実験を進行中だ。幸い実験動物が身近にいる。我が家で猫を2匹飼っている。ノルウェイジアンという長毛種だ。13歳のメスと8歳のオスだが、チワワやトイプードルがネズミに見えるぐらいの巨大ネコだ。猫を飼っている人はご存じかと思うが、猫はよく寝る。起きているとき以外は大抵寝ている。私も同じだ。「イヌでもネコでも女の子のほうが優しいのよ、人間と同じよ」と家族(妻と娘)が昔から主張していたので、我が家のペットはイヌもネコもずっとメスを飼っていた。ところがブリーダーに聞くとメスは子供を守る習性から警戒心が強くて気難しい、オスのほうが人懐っこいという。ためしに初めて飼ってみたオスが8歳のネコである。(写真を添付している。手前でボ~っとしているのがオス、奥でふんぞり返っているのがメスだ。もう1枚は無警戒なオス。)

ブリーダーの言う通りうちのオスは全く警戒心がなく、一旦寝込んでしまうとネコのくせに熟睡している。呼んでも揺すっても微動だにしない。一日のうち20時間ぐらいは寝ている。私の場合、起きていてもボ~っとしている時間を加えると一日の睡眠時間はネコと同じぐらいだ。それでは覚醒している短い時間にネコは何をしているかと言うと、ご飯を食べる、トイレに行く、あとは飼い主の邪魔をすることぐらいだ。ゴミ捨ても皿洗いもしない。昔のサラリーマン亭主の休日、または現在の私の毎日並みに怠惰である。

飼い主の邪魔とは具体的に何をするかと言うと、とにかく飼い主がやっている行為を意図的に妨害するのである。テーブルに広げて読んでいる新聞の上で寝転んだり、パソコンのキーボードの上を往復したり、特に変にキーを踏まれて意味不明の記号が羅列されたり、画面がロックしたりすると災難だ。ただしこの文章が不自然なのはネコが踏んだせいではなく、私の能力不足なのでネコに責任はない。また、私が読んでいる本と顔の間にネコが頭を突っ込んでニタっと笑ったりすると、もう先を読む気もしない。私がもし妻が読んでいる本の前に頭を突っ込んでニタっと笑ったりしたらゲンコツが飛んでくるだろうが、ネコならなぜか許される。その訳について一度政府の見解を聞いてみたいところだが、今政府にはその余裕はなさそうだ。

そんなネコ達に対して私はヴァイオリンを聴かせている。良い音楽を通じてのネコの情操教育を図るとともに前述の実験が目的だ。(正直に言うならオケの合奏についていくための必死の練習だ。)2匹の反応は正反対だ。オスのほうは全く興味を示さず眠ったままである。「猫に小判」が当てはまるケースだ。私のヴァイオリンと道路工事の騒音の区別がついていない可能性もあるが、無視できる範囲だ。一方メスは私の奏でるトロけるような甘い音色を聴くや否や、そそくさと部屋から出ていくのである。最近では楽器のケースを開けただけで逃げ出す始末だ。先月号で触れた「高価な弓を買うためにネコの餌を節約する策略」がばれて反抗しているのではない。それ以前からずっと続いている反応なのだ。音楽が嫌いなのかというとそうでもない。CDをかけても平気だし、ピアノの音にも順応するのに、なぜか私のヴァイオリンを聴くと部屋を出ていく。考えられる原因は次の三つのうちどれかだ。

1) トロけるような音色を聴くと自分もトロけるのではないかと不安になる
2) 演奏に陶酔して失禁しそうになる
3) 音程が外れていて吐きそうになる

正解はネコに聞かないと分からないのだが、家族は3)に決まっていると、さも当然のことのように言う。オスは音楽に対してもおおらかというか無頓着だ。一方メスはここでも警戒心から拒絶反応を示すのではないか。結局「猫に音楽」は演奏者と聴くネコによって反応が異なるので、諺にはならないと結論付けるほかなさそうだ。そんな中で今日もひたすら練習に励む私だが、動物虐待だ、という投書が来ないことを祈っている。

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【本文を読む前に】
以下の文章は青葉フィル団員向けに作成されたものである。従い一般公開するには支障がある部分があり、以下の通り一部を削除または修正している。
1) 団員および関係者の固有名詞
2) 公序良俗に反するもの
3) 青少年の健全な育成を妨げる部分
4) 経済安全保障上国益を害するもの
5) 金儲けのための新NISA投資術
6) 読んだ後捧腹絶倒で生死にかかわる箇所
7) 説得力があり今後の人生設計に寄与する教え(元々原文には含まれていない。)
以上のように削除・修正を行ったら、残ったのはタイトルと句読点だけになった。さすがにこれでは掲載の意味がないので、多少青少年の育成には支障はあるものの、原文のあらすじは残すことにしたので、ご理解頂きたい。なお、原文を読みたい方は、青葉フィルに入団するしかない。

【代表の独り言 4月号】

青葉フィルのホームページ内に団員ページが新設されることになり、今月から表記のタイトルで文章を書け(書いてもよい)と要請があった。原稿料は無償である。「独り言」の言葉どおり、団員に対するメッセージや私個人の反省文では全くなく、単に代表のつぶやきとして聞き流してもらえれば良いのだが、万一読者が文章に感銘を受けて、酒の1本でも進呈したいということであれば、ありがたく頂戴する。内容については音楽に関するものが望まれるのだろうが、ときには(と言うより大方は)ネコの機嫌の取り方とか、病気といかに付き合うか、正しいパンツの履き方など、種々雑多な事柄でごまかしながら書いてみたい。

早速だが初回は弓の話である。元来私は楽器本体には興味はあったが、弓は添え物ぐらいにしか考えていなかった。弦に直接触れる弓毛や松脂を除けば、ペグとか顎アテみたいに音色には影響ないものと思っていた(顎アテなんかカマボコ板でもよいと思っている、弾きにくいだろうが)。極論だが履いているパンツの色で音色が変わるか、と言いたいところだ。ところが先日とある指導者から、今私が使っている弓は良くないと言われて(私の技量が良くないと言われるよりずっとよかったが)、まともな弓を一度試してみる気になった。それで古い弓の毛替と修理を兼ねて、以前から弓のことならここだと言われていた弓メーカーの販売店を訪ねてみた。

買い替えるならフレンチが欲しいところだが、円安で輸入品はかつてよりかなり割高になっているので、中途半端なフレンチを選ぶより国産の高級品がお勧めだと店員が言う。この会社は今、創立40周年だと言って、最高級品を限定販売している。数量が限定なのか、価格が限定なのか、言葉だけで興味を引くための限定扱いなのか聞けなかったが、とにかく限定販売らしい。店員は4本並べて試奏してみろと言う。自分の楽器を持って行ったので、早速自分の今の弓も含め試奏してみた。はっきり分かったのは自分の弓が劣ると言うことで、店のお勧め4本に大きな差はない。店の音響が良いのと自分で弾くと近すぎて差が分からない可能性もあるので、店員に弾いてもらった。なんと私より格段に技量は上だ。これ以降恥ずかしくて自分で試奏するのはやめた。

最終的に2本音質の気に入った弓が残ったが、値段はやはり高い順の2本だった。買うかどうか決めてはいなかったが、修理に出した古い弓が仕上がるまで2本を売らずにキープして置くよう依頼した。正直なところすぐに工面できる金額ではないし、このメーカーの弓に対する知識もあまり持ち合わせていなかったので、考慮する時間をとって正解だ。安くて小ぶりか高いけど大きめの肉マンかを迷った末に選ぶのと訳が違う。家に帰ってからに関する情報を調べ尽くした。プロでは三浦文彰が愛用していることが分かり、最近新たに40周年で弓を特注したことが判明した。大瀬国隆という職人と三浦文彰との共同作業で最高品質の弓が完成するさまを描いたYouTubeのドキュメントを発見したのだ。興味があれば「三浦文彰 理想の弓を求めて」(youtube.com/watch?v=1FQ10amxdQ)をご覧頂きたい。

材料のフェルナンブコ(ここではペルナンブコと呼んでいる)の選定から研磨・最終調整までの手間がすごい。弓の良し悪しは棹が全てだという。ビデオでも三浦の試奏を聴いたら現弓と新作の音色の違いがよく分かる。なんとしてでも大瀬国隆作の弓が欲しい。キープしている2本のうちの1本がそうだ。あとはどうお金を工面するかだ。3食をチキンラーメンにして食費を浮かせ、ネコの餌も廉価品に変更しても、生きているうちに捻出できる金額ではない。金策としては老後の蓄えを取り崩すしかない。100歳まで生きるつもりでいたが、99歳で死ねば1年分の生活費が浮いてくる。金策はこれしかない。それでも足りない分は値切ることだ。

すったもんだの挙句遂にKUNITAKA OHSEの銘が入った限定販売の弓を手にいれた。値切った分はわずかに10%だけだったが、有名な同社の松脂も付けさせたのでマズマズと言ったところか。大瀬氏は現在76歳、チェロ弓の国際コンクールで金賞を取っているので、むしろチェロ向きなのかも知れない。年齢的に作れる弓の数は限られているので、ちょうど良いタイミングで彼の弓が手に入ったと得心している。実際に家に帰って弾いてみると、開放弦の音色まで不思議に深い。棹のフェルナンブコがなぜ音質に影響するのか、未だに理解できないが、弾いていて満足できるのだから良しとしよう。ただし弓を変えたからと言って技量が上がるわけではない。音程までは補正してくれないから、下手は下手のままである。