【代表の独り言10月号 五箇山の弓工房を訪ねて】
昨年3月、KUNITAKA OHSE銘の弓を買った。楽器メーカー・アルシェが企画制作したドキュメンタリー「理想の弓を求めて」を見たのがきっかけだ。ヴァイオリニスト三浦文彰氏が自ら選んだ材料で弓職人の大瀬国隆氏に制作を依頼するというストーリーだが、富山県南部の合掌造りで有名な世界遺産・五箇山(写真1)で大瀬氏が黙々と弓を制作する姿に感銘し、大瀬作の弓がどうしても欲しくなった。その後実際どんな環境で作られたのか知りたく、一度五箇山を訪ねてみたいと思っていたのだが、それが今回やっと実現し、大瀬氏にも直接話を伺う機会を得た。【三浦文彰×ARCHET】ドキュメンタリー「理想の弓を求めて」 ディレクターズカット(総集編)
大瀬氏の工房は合掌造りの集落の中ではなく、街の中心にある自宅兼用の一般住宅にある。広い工房の中で何人かの職人を使って弓制作をしているものと想像していたが、以外にも6畳ぐらいのスペースで大瀬氏がひとりで、棹の削り出し、フロッグ(毛箱)、スクリューの作成、ラッピング、毛張りまで全工程をこなしていると言う(写真2)。分業制が中心の世界だから非常に珍しい。私の想像だが各部品を組み上げる段階で全体のバランスを調整しながら完成させるには全工程をひとりでこなすのが理想ではないだろうか。工房内は各種道具類であふれている。ヤスリは東急ハンズで揃えたとのこと、何となく親近感を覚える(写真3)。
今回私は自分のKUNITAKA OHSEを持参したので、これを見ながら良い弓の選び方を教えてもらった。答えは簡単で棹材のフェルナンブコがすべてらしい。大瀬氏はフランスでの修行で材料選びを確かなものにしたとおっしゃっていた。縦横の木目が通っていることと硬い材質であることが重要。柔らかい材質では柔らかい音はでるが強い音は鳴らせない。私の弓は硬くて良い弓だと言われたので一安心だ。知らなかったがフェルナンブコは元々赤い染料として使われていたらしい。今回その場で削りカスを水につけて実験してもらったが、見る間に水が赤く染まって行った(写真4)。作業工程で出る粉塵を吸い込むと鼻をかんだテッシュが赤く染まるほどだというから、これで体調を崩す職人さんもいるようだ。大瀬氏は幸い40年以上フェルナンブコと付き合っているが元気だとおっしゃっている。(よかった!)
前々から疑問に思っていたことだが、弦に直接触れるのは毛なのになんで棹が音質に影響するのか聞いてみたら、毛からの振動で棹も共鳴するとのこと。さらに新作の弓は楽器本体同様に弾き込むことで鳴るようになるらしい。私の弓は買って1年半になるが、確かに当初に比べて良く鳴るようになった気がする。弓が身体に馴染んできたのかと思っていたが、弓自体も経年優化しているのだ。大瀬氏からはこの弓もどんどん弾いてやってくださいと言われた。私の弓はトルテモデルで、2世紀以上前モダンボウが作られ始めたときの巨匠トルテの弓をモデルにしている。一般の弓と見て明らかに違うのは棹とフロッグの間に金属を挟んでいないことだ(写真5、上がトルテ)。その後耐久性を考慮して金属を挟むのが標準となっているが、音質は金属のないトルテの方が良いと言われた。私の寿命を考えると200年もこの弓を使うつもりはないので、音質が良いトルテモデルにして正解だったと思う。(シメシメ!)
ワシントン条約で絶滅危惧種の取引規制で、フェルナンブコのほか、象牙、鼈甲、鯨のヒゲなど貴重な材料が手に入らなくなったらしい。ただ大瀬氏の手元には条約批准前に手に入れた材料が保管されていた。鯨のヒゲと言っても巨大な塊だ(写真6)。これを水に浸しほぐしてラッピングに使う。冒頭で触れた三浦文彰氏の弓には鯨のヒゲを使ったそうだ。工房に置いてあった古い高価な弓にも鯨のヒゲが巻かれていた。実際に持ってみるとすごく感触が良いので、私の弓にも巻いて欲しいところだが、いくら厚かましい私でもそこまでは言い出せなかった。
大瀬氏は今でも新作や手直しなど月に3件ぐらいの仕事をこなしているとのこと。最初は30分ぐらい話が聞けたら十分と思っていたが、かれこれ1時間近く貴重な時間を頂戴することになってしまった。大瀬氏にはご迷惑お掛けしたが私にとっては自分の弓の由来が確認できて大変満足な訪問だった。改めて大瀬氏に御礼申し上げたい。
写真1 写真2
写真3 写真4
写真5 写真6
【代表の独り言9月号 続・ちょっとだけ阪神ファン】
久々に阪神タイガースの話である。なぜ「ちょっとだけ」なのかは
ニュース性のあるなしでよく例えられるのが、「犬が人を噛んでも
それにも拘わらずスポーツニュース(Sニュース)では大概トップ
8月末時点で貯金(勝越し)29、2位とのゲーム差16と所謂ぶ
セ界の球団所在地で首都圏に3チームもいるのは移動距離の点で不
今回は阪神特集で音楽の話題に触れていないが、次回は「弓工房、
【代表の独り言8月号 演奏会が終わった】
先月の海の日、第19回定期演奏会が成功裏に終了した。何をもって成功と言うか色々揉めるところあるかと思うが、私としては次の基準で考えている。
次の事項が演奏会当日起きなければ成功とみなす。
1)団員が演奏中に熱中症で救急搬送される。
2)団員が前日飲みすぎて開演までに会場に到着できない。
3)演奏に飽きた観客が会場内でバーベキューパーティーを始める。
4)テロリストが乱入して観客を銃で威嚇しながら演奏を堪能する。
以上のかなり困難な条件をすべてクリアしたので、今回の定演は大成功だったと断言できる。さらに練習ではミスが多発していたのに、本番では意外にミスが目立たなかったのと、指揮者の熱演に乗せられて団員一同陶酔の境地で最後まで演奏できたことが望外の喜びである。私も演奏に集中するあまり譜めくりを忘れ、コンサートマスターに譜めくりさせてしまうというハプニングもあり、周りから相当な顰蹙を買ったにも拘わらず、何食わぬ顔で最後まで弾き切ったのはお見事と言うほかない。
これだけ書くと当団に興味を持って入団希望される方も多いと思う人は案外少ないかもしれないけれど、興味があれば当ホームページを熟読頂いて「和」を大切にする運営方針に共感頂ければ、今世紀中に当団の練習を見学頂けるとありがたい。
実は私もヴァイオリン奏者として演奏会の事前準備は毎年怠らないのだ。管楽器奏者には直接関係ない話だが、弦奏者がどれだけ大変な準備をしているかを知ってもらいたい。まず演奏会2週間ぐらい前に4弦の張替えをやっている。今年はエヴァピラッツァに張り替えた。本来結構高価な弦だがネットで4弦17,200円という格安物を見つけた。弾いてみると予想外に柔らかい音が出る。力を入れなくても自然に音が出るので、いつも出ているガリガリいう音や弓が暴れることもない。音程が外れることはあるがこれは腕のせいかもしれない(それ以外考えられない)。さらにプロの奏者にいわせるとこの弦は寿命が長いという。一日7時間弾いて2年経っても音質が変わらないらしい。私の場合練習時間が短いから今後死ぬまで弦を替える必要はないだろう。
弓の毛替えも必要だ。今使っている「恐るべき弓」を購入した経緯は本欄24年4月号に記したとおりだが(何が恐るべき弓か、特に意味はないがこう書くと昨年4月号も読み返してもらえることを期待している)、毛替えも弓を買ったこの店(文京楽器)でやってもらった。ここの便利なところは予約して替える毛種を指定しておくと、1時間弱の待ち時間で毛替えを済ませてくれることだ。一旦預けて後日取りに行くという二度手間がないのが助かる。作業場の隣の部屋で時々作業具合を眺めながら仕上がりを待っていたが、なんとコーヒーとお菓子まで出してもらえたのには驚いた。毛替えでこれだけのおもてなしがあったのは初めてだ。ただし毛替えのお客さん全員にこんなサービスがあるかは分からない。私が飛び切り高貴な芸術家に見えたか、逆に放っておくと暴れだすような危険人物と判断されたかのどちらかだろう。
張り替えた新しい毛にどれぐらい松脂を塗ってなじませるかいつも悩むので職人さんに聞いてみたところ、コツは30往復ほどたっぷり松脂を塗りつけて、一度ブラシ(馬の毛の歯ブラシ)で松脂を落とし、仕上げに通常の塗り方で2,3往復塗るのが良いと言われた。私が普段使っている松脂はこの店で弓を買ったときに貰ったものなので、店に置いてあった松脂で職人さんに初塗りをやってもらった。これなら帰ってすぐに練習できるから助かる。普段使っている松脂を持参すれば誰でも初塗りをやってあげると言われたので、家に馬の毛の歯ブラシがない人にはお勧めだ。
最後に値段だが、イタリア上質(毛種)を選んだが税込み¥11,000だった。コーヒー代は請求されていない。他社に比べて遜色ないかむしろ割安ではないだろうか。ちなみに最安のモンゴルは税込み¥6,600だ。文京楽器から頼まれたわけではないが、1時間程度で作業が終わることと、松脂の初塗サービスがあるので、一度試してみることお勧めである。今回私は青葉フィル代表の名刺を置いてきたが、店内で暴れたり代金を踏み倒したりしていない。飽くまで高貴な芸術家を装っていたから、毛替えを頼むとき青葉フィルの団員と名乗っても問題ないはずだ、おそらく・・・